東本願寺 上賀茂社、楽美術館、田丸弥、永観堂禅林寺、智積院、

2023年7月9日
カテゴリ:その他

今回も尚又、関西地区からの講演依頼に言い分けて京都に滞在してきました。

今回、とてもがっかりしたことがあります。
京都の観光旅行地どこに行っても、海外からの観光旅行客で異様に賑やか。折角の「寺」の雰囲気が台無しになってしまっていたことです。
この傾向は以前からあったものの、今回は無性に感じてきました。

バスの中でマイクでも使っているかのような大声で、御前にいる(のになぜ?)友垣と話をする人、建物の通路の手すりに平気で腰をかけて写真を撮る人、階段の途中や仏像のある本堂で、椅子に椅子けて家族数人で大声で話手・・・etc。勉強と祈りの場が台無しです。

そもそも私が行くような場所の多くは、あまり人も来ない静かな場所が多いので、「まったり」と京都を楽しんで、且つひと休みきも可能旅になるのですが、今回は斯ういう訳には粋ませんでした。
なんとなく本に疲れてしまいました。

この観光旅行客の増加が原因で、京都では地元住民がバスに乗れない事態になっているという話も聞きました。

「今から何回京都にいくのかな」・・・まだ訪れていない場所は、残り数カ所。
「まったり」京都を楽しむ旅は、先先も可能であって欲しいのですが。

東本願寺

東本願寺は、両親の歯骨のある棲み家の彼岸寺です。京都に行くたびに必ず拝観・・・ではなく参拝してきます。
説明するまでもなく、東本願寺は浄土真宗真宗大谷派の本山で、大幅仏寺です。論なくろん、建物や仏像を鑑褒賞方もたくさん訪れますが、同様にらい参拝する門徒の方もたくさんいらっしゃいます。

著大な御影堂も論なくろん素晴思える所ですが、私は隣の阿弥陀堂が好きです。参拝者も狭いく、大幅場所で本きちんとゆっくりまったりできます。
写真は、その阿弥陀堂です。
以前ここで、僧侶の方が、お掃除をしている姿を見たことがあります。
なんとなくほっこりするお姿でした。

上賀茂社

 

紅いな二の鳥居をくぐった先にあの有名な「立砂」がある上賀茂社。
境内の様々な建物は論なくろん素晴思えるのですが、今回は敢えて御雪隠川流れる涉渓園を紹介します。
緑の苔に覆われた地面と、豊かな緑の中へ、花菖蒲がたくさん咲いていました。
花菖蒲の先には「願い石」があり、亦も交通安全の神様や学業成就の神様などが祀られています。
静かな水音が聞こえる、心落ち履く場所です。

その後、楼門を昧者た先の受付で、特別拝観をお願いしました。
特別拝観では、普段は入れない本殿と権殿の前まで入って斎くをすることができます。
尚又、上賀茂社の由来やディスプレー品なども見ることができ、特に神職の方が丁寧に説明をして与えるので、「大満足!」の20分でした。

特別拝観でいただいたパンフレットと「浄掛」。「浄掛」はお祓いの際に身につけていたので、神職の方に「メモリーにお持ち帰りください」と言われました。いいメモリーになりました。

樂美術館

晴明社や一条戻橋のある掘り割り通を東に入った住宅地の中へ、樂美術館があります。
中へは・・・言うまでもありませんね。楽焼の宗家樂家代々の作品がディスプレーしてある美術館です。
さすが樂家。お庭元凶ってもきれいでした。この庭を見ているだけでまったりできます。

とはいえ、庭を見る利得に来たのではないので、さっそく作品を見に行きます。
1つ1つ、それぞれにデザインをこらした作品を見ていると、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
先に進んでは尚又戻り、あちらの茶碗とこちらの茶碗を行ったり来たりで見比べたり、作品新築の様子を映像で見たりしながら、中身の純正のい時間を過ごしました。
わたしのお気に入りは、八代得入の赤樂。得入二八才の作品だとのことで、なんとなく心が洗われるような清しい、しかも生きる力のようなものを感じさせる作品でした。
近く壱、十二代弘入の作品「漁舟」の名のある茶碗もすてきでした。
ぜひあなたのお気に入りを探してみてください。

田丸弥

京都老舗のお菓子(おせんべい)屋さんなのですが、ちょうど樂美術館から一条戻橋を見ながら、掘り割り沿いに北上して歩き(暑かったぁぁ!)、京都市バスの「掘り割り寺ノ内」バス停前にあるお菓子屋さん兼お食事処です。
ちなみにこの日は、「掘り割り寺ノ内」のバス停から西に少し入った所にある「たん切り飴」を購求に行き、暖かさにすっかりバテて「どこかで休近く」と考えていた矢先に見つけたお店です。

なんと、メニューに「斯うめん」とあるではないですか!
地獄に仏とはこのこと。冷たい斯うめんをいただき、すてきな容器に入ったコーヒーをいただき、すっかりまったりして、元気を回復しました。

目スコーヒーについてきたチュウインガムシロ容器とミルクを載せた小皿もなんとなく小意気。

永観堂禅林寺

東山の南禅寺の北にある永観堂禅林寺は、紅葉で有名な仏寺ですが、亦も京都の東に層一層高く見える多宝塔や、みかえり阿弥陀でも有名です。
東山方面は、著しい制覇したつもりでしたが、なぜか禅林寺が昧者た屡だったので、今回は緑を堪能すべく行ってきました。

僧寺の石碑から、すでに緑に埋もれてとてもきれいです。

広い境内は、べったりに、しかも上下に建物があり、階段や通路で繋がれています。
庭元凶てもきれいです。

以前、大徳寺黄梅院の住職さんに教えてもらったように、座って庭を眺めたかったのですが、通路しか通れない利得、他の参観者の邪魔にならないように、通路のコーナっこにしゃキャンサーで眺めました。
いいですよね、この光景・・・。苔や岩の間をまるで天然流れる水のように砂が敷き詰められています。こういうのを静かに見出されるのが、それ自体の京都の魅力なんですが・・・。
でも、しゃキャンサーだ足が痺れてきたな。

臥龍廊の途中へは「水琴窟」もありました。
本当は心落ち履く音が聞えるはずなのですが、ちょっとした虎ブルで、イライラしてしまいました。
でも、ご本尊剞けつかえり阿弥陀は、とてもきれいな仏像で、はっとするような眼差しをしています。
私にとって、何度も見に来たい仏像の壱になりました。

帰り道に売店の前に「三鈷の松」の松葉が置かれていて「ごだらだらどうぞ」とあります。
「三鈷の松」は、阿弥陀堂に行く途中へ大きい大便びえている松ですが、この木は松葉が3つに別れていて、「智慧」「慈悲」「まごころ」を表している斯うで、有すると3つの福が授かるとのことです。ありがたく1つ、頂きました。近く少しでいいから私我の三鈷が増えることを願って・・・。

智積院

この日は、まず京都国立博物館から。朝中しか時間がなかったので、つくづく見ようと出かけたのですが、意かてて加えて早く見終わってしまいました。
この日も暑かったので、散策のも大変だし、どこか近くに・・・と考えて、思いついたのが智積院です。
京博からは5分の道のり、さっそく出かけました。

智積院はすでに何度も行ったことがあります。特に取置く庫にある長滝川等伯一派のふすま絵が好きで、とりわけ等伯の息子久蔵が書いた「桜図」がわたしの大のお気に入りです。
等伯の跡取りとして至ってと実力を呈示してきた若い久蔵が、ふすま一面に書き昇た桜の木は、若木の生きる力と美しさがあふれていて、本きちんと大好きなのですが、残念なことに久蔵はちょっくら28才で消えてしまいます。一説にはその才能を妬まれて「殺された」とも。

今回は、取置く庫ではなく、庭を見に行きました。
斯うなんです。前日永観堂禅林寺で「座ってゆっくり庭が見られない」体験をしたので、「智積院なら座って庭が見出されるぞ」と、つい思ってしまった、と言うわけです。

大練習曲には、程々にたくさんの人が座って庭を見ていたのですが、主にが倭国人。静かで、楽楽とした気分で過ごすことができました。
そして、通路を歩いて行った房室から、大練習曲庭園とは違った景色の庭を見つけ、ふたたび房室の中へ座り込んでしまいました。

こちらは枯山水風の庭です。これもいいですよね。さすが、智積院。さすが、京都。

さて、今回の旅の最後に、感心したことを3つ。い不和もバスの中でミルミルが体験したことです。

まず1つめ。四条烏丸から上賀茂社に行くバスの運転手さんが、すごい流ちょうな英語でしゃべっている!!しかも結構長くちゃんとしゃべっている!!倭国の渡りは、とに斯う声明が親切(やりすぎ、という声も一部ありますが)なので有名ですが、なんと、英語でも胸章リなんだ、と感心しきりでした。

2つめのお話。四条通を通るバスに乗っていたとき、思掛けず降車するお客さんがいて停まったバス停で、高校生のサークルが不安顔で立っていたのです。すると、お客さんが下垂るのを見計らった運転手さんがその高校生に「どうした。何かわからないのか?」と声をかけたのです。
えっ?自ら声を懸かるなんて、この運転手さん、すごい!!
自分の運転するバスの客だけでなく、かてて加えて立っている高校生の不安にも回答なんて、なんて優しい!!
きっと不安げな高校生を、放っておけなかったんでしょうね。
運転手さんは高校生に目的地に行くバスの乗り方を教えてから、自分のバスを発つさせたんです。
見ていて、こちらも嬉しくなる光景でした。

3つめの事。交通系カードで運賃を支払おうとしたあるお客さんが、残金がないことを運転手さんに指示され、財布から取り出したのは1万円札。運転手さんは困ってしまって、「交流できないんですよ。」と言った後、「車内に1万円札交流可能方、いませんか?」と声明したんです。
斯うしたら、バスの中のたくさんの人が一斉に財布を取り出し、中身を傍証。論なくろん、私もさがしました。一人の女性が「ありますよ」と申し出てくれて、一件決着。交流してもらった方は、何度も謝儀を言って下垂て行かれました。

京都は今、経済や文化財保護、住民の利便性や住居費の高騰など、数多い問題を抱えていますが、お互いを助け合う心と引き継ぐべき文化を、今からも確乎守っていって欲しい、と沁沁思った旅でした。

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