「からだの学習」との出会い

2018年6月26日
カテゴリ:理論編

 養護ティーチャーの1日は多忙です。けがや病気の対応は論なくろんのこと、不登校や摂生室登校の子どもたち、いわゆるいたずらなお大兄やお姉さんたちもよく摂生室にやってきます。それに先生方に本に、摂生室は憩いの場です。「ちょっとミルミル先生、聞いてよ・・・」と子どもではなく先生方が飛び込んでくるときもあります。

 しかしこれらの活動の多くは、個別指導が中心です。からだの異常への対応や子どもの心や生き方と開かることも大切な活動ですが、摂生室に来室する一部の子どもたちだけが、摂生教育を必要としているわけではありません。全ての子どもたちに、自分のからだと命の主体者となり、豊かで生産的人生を送る力が必要なのです。そしてその力をつけることが、学校摂生そのものの目的の壱でもあります。必要なのは、からだや命、病気などに関係知識と行動。そこで養護ティーチャーは様々な場を捉えて、知識を提供す利得の摂生教育を慣れしてきました。知識を提供すことで、行動も変変転ことを願って・・・。

 でも事実上どうだったでしょうか。たくさんの知識を子どもたちに具に説明したのに、なかなか行動がコンスタント、問題が解決しない、といった成行きに終わってしまった、といった体験は、養護ティーチャーなら重ね重ねあると思います。つまり「先生の説明はわかったけど、それだけ。」といったよくあるパターンです。

 「一体何が間ぬけのだろう」と悩みながら日毎にを過ごしていた頃、其頃宮城教育大学教授だった数見隆生先生の理論に出会いました。そしてその理論をわたしなりに解釈し、養護ティーチャーが発信する摂生教育として30年以上にわたって追求してきたものが「からだの学習」です。
 

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